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「ふぐ」のうんちく

とらふぐの王道料理、ふぐ刺し(てっさ)

– とらふぐの王道料理、ふぐ刺し(てっさ) –

とらふぐに代表されるように、ふぐは高級食材として、とても人気の高い魚です。鍋や唐揚げをはじめとして、皮刺しやヒレ酒など、バラエティ豊かな楽しみ方ができます。その中でも、もっともふぐの美味しさを味わえると人気なのが、ふぐ刺し(てっさ)です。歴史や食べ方、薄造りにする理由などを交えて、ふぐ刺しについて学んでみましょう。


ふぐ刺しとてっさ、東西で異なる呼び名

「ふぐ刺し」も「てっさ」も、両方ともふぐの刺し身を指す言葉です。ちなみに、大阪を中心とした関西圏では「てっさ」と呼ぶことが多く、それ以外では「ふぐ刺し」と呼ぶ地域が大半を占めています。ふぐ刺しは料理そのままの呼び名ですが、てっさのほうはなぜこのような呼び方になったのでしょうか。その起源は江戸時代の少し前までさかのぼります。

戦国時代の終わりごろ、豊臣秀吉が全国を統一した後に朝鮮出兵を行いました。その際に、ふぐを食べた将兵が大量死するという事件が起こったため秀吉は激怒し、ふぐ食の禁止令を出します。しかしグルメな大阪の人々はこの禁制をかいくぐってふぐを食べ続けました。大っぴらに「ふぐ」と呼ぶことが出来ないため、「毒に当たると死ぬ」ことからふぐに対して「てっぽう(鉄砲)」という隠語を使い始めます。「てっちり」なども同様ですが、「てっぽうの刺し身」が短くなって「てっさ」と呼ばれるようになったのが語源です。

通常、刺し身は醤油を付けて食べるものなのですが、ふぐ刺しやてっさはポン酢をつけて食べます。これはふぐの繊細な味わいを、醤油の強い味で殺さないためです。また、マグロなど脂の乗った刺し身には薬味としてワサビが添えられます。ワサビには口の中の脂をさっぱりさせる効果があるからですが、ふぐには脂がほとんどありません。そのためふぐ刺しの薬味としてはワサビではなく、もみじおろしやネギといった風味を引きたたせるものが用いられます。


ふぐ刺しが薄い理由とその歴史

ふぐ刺しと言えば、薄く切られたふぐの刺し身が、平たいお皿に綺麗に並べられて提供されるのがスタンダードです。他の魚の刺し身と比べて明らかに異なるのは、身の薄さでしょう。お皿の模様が透けて見えるくらいに薄くカットされているのには、見た目の美しさ以外にも理由があります。

その理由とは、ふぐの身の強い弾力です。マグロなど、長距離を泳ぐ回遊魚は赤身であり、スタミナが必要なため身に脂がついています。いっぽう、とらふぐのようなふぐ類は通常、狭い範囲の近海を泳いでいるので、長距離を泳ぐスタミナはあまり必要ではありません。その代わり、天敵に狙われたらすぐに逃げられる瞬発力が必要です。ふぐは非常に筋肉質であり、無駄な脂肪がついていない引き締まった身になります。

そのため、ふぐの極端に筋肉質な身を分厚く切ってしまうと、弾力がありすぎて噛み切るのも一苦労です。食べやすさも料理の要素ですから、ふぐ刺しは透けて見えるくらいに薄く切られるようになったと言われています。ただし、関西圏の「てっさ」に関してはやや厚切りで提供されることもあるのです。これは大阪の商人たちの、「あまり薄く切ると、ケチケチしているように見えてしまう」という見栄っ張りに由来していると考えられます。

ふぐは北海道を除くほぼ全国の近海で獲れるため、日本では大昔から食べられていたようです。実際に縄文時代の貝塚からふぐの骨や歯が出土しており、ふぐ刺しのような生食も、その頃から行われていたと考えて良いでしょう。しかし先述のように、戦国時代末期に豊臣秀吉によってふぐを食べることは禁じられてしまいます。政権が変わって江戸時代になっても、やはり中毒死を警戒した江戸幕府はふぐ食を禁じたままでした。庶民たちはこっそり隠れて食べていたようですが、武士には重いペナルティがあったためになかなか口に出来なかったと言われます。

そんな状況が一変したのは、明治時代になってからです。初代総理大臣である伊藤博文が下関を訪れた際、たまたま海が荒れており、宿の食事に魚が出せないということがありました。そこで女将が思い切って禁制のふぐを料理して出したところ、伊藤博文は咎めるどころか絶賛して「こんな美味いものを禁止してはいけない」と、下関(山口県)に限って禁制を解除します。これが全国に広がった結果、誰でもふぐ料理を楽しめるようになったのです。


ふぐ刺しの盛り付けと薄造り

ふぐ刺しを食べる際には、味はもちろんのこと、その盛り付けの美しさを鑑賞するというのも楽しみの一つです。ふぐ刺しはただ切って並べているように見えますが、実はとても高度な技術を持った料理人にしか作れません。

まず第一に、猛毒を持った魚ですから確かな知識で有毒部位をしっかりと切り離す必要があります。卵巣や内臓など捨てる部分が多いため、毒を除きつつ可食部分を大きく残すという、難しい包丁さばきを求められるのです。盛り付けにもバリエーションがあり、円を描くように外側から並べていく「ベタ盛り」や花のように見せる「菊盛り」「牡丹盛り」が一般的でしょう。特別なお祝い事の席では、縁起物の鶴が羽ばたく様子を表現した「鶴盛り」が提供されることもあります。

ふぐの身を薄く切る、薄造りという技法も簡単ではありません。ふぐの身は筋肉質で繊維を多く含んでいるため非常に切りにくく、また厚さが均等でないと並べたときに美しくなくなります。そのため料理人が使うのは、ふぐ引き包丁という専用の長い包丁です。長い刃先から根元までをいっぱいに引くことで切れ味を引きだし、弾力のあるふぐを一定の厚さに切り分けます。指先の感触だけが頼りなので、長い修行が必要だと言われる技術なのです。ちなみに、ふぐは獲ってからすぐに刺し身にしても硬すぎて食べにくいため、二日ほど熟成させるのが通例となっています。熟成によってタンパク質が分解されたふぐの身は切りやすいうえ、旨味成分が増えて美味しくなるのです。

ふぐ刺し(てっさ)は奥が深い

ふぐ刺しやてっさは単なる刺し身のように見えますが、実は長い歴史を持ち、考え抜かれた料理です。食べやすさや安全性のため、薬味や切り方のような細部にまで配慮が行き届いています。少しだけ厚切りのてっさに大阪商人の見栄を感じたり、薄造りに込められた職人の技を思いながら食べることで、このふぐ料理をより一層楽しむことができるでしょう。